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岡山県倉敷市 倉敷美観地区周辺
Kurashiki historic area, Kurashiki city,Okayama

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General
産業と文化と歴史が調和した街
Nature
 
Water 倉敷川の美観を大切に維持
Flower
 
Culture
商人の伝統と文化
Facility
 
Food
 

June 2011 野崎順次 HD video

撮影日: 2011年6月4日

人々が集まって何やら見ている。新緑の倉敷川で白鳥のヒナが寄り添って昼寝してた。違うところでは、鳩が人間の親子に寄り添っていた。梅雨の合間、すっきり晴れた午後でした。






May 2011 野崎順次

撮影日: 2011年5月4日

今年のゴールデンウィークは東日本大震災の影響で観光客が西に流れ、倉敷はすごい人出だった。

JR倉敷駅より、えびす通り、本町通り商店街を通る。

美観地区。

何やら催しがあり、倉敷小町がほほ笑んでいた。倉敷商工会議所青年部が毎年コンテストをして小町を選ぶらしい。

美観地区をうろうろ





Dec.2010 川村由幸

訪問日:Dec.8, 2010

大原美術館の鑑賞に訪問しました。
もちろん美術館の内部は撮影できません。倉敷の美観地区を撮影。
川沿いによく整備された美しい街並みが並んでいますが実は、この通りから一本裏に入った吉井旅館のある通りのほうが趣があると感じます。







Oct.2010 野崎順次

岡山県倉敷市中央
倉敷美観地区の萩の花
(Bush Clover at Bikan Historical Quarter, Kurashiki, Okayama)

撮影日: 2010年10月23日

 





Aug.2010 野崎順次

旧倉敷銀行
(Former Kurashiki Bank Head Quarter, Kurashiki, Okayama)


岡山県倉敷市本町3−1
国登録有形文化財 

撮影日: 2010年8月12日

竣工: 1922年(大正11年)
設計: 薬師寺主計

倉敷の町では、今でも、この銀行を本店と呼ぶ人がいる。それは明治年間に大原孝四郎、孫三郎二代に亘っての倉敷銀行本店が、ここにあったからである。江戸時代、天領の町、倉敷は、ゆたかな米の生産に支えられ、倉敷川の舟運を中心に、その河畔が大いに栄えた。倉敷銀行は、その金融を一手にまかない倉敷紡績の発展や、大原美術館創立にも寄与し、やがて現在の中国銀行の源流となる。美しいステンドグラスをもつこの建物は今、中国銀行の倉敷本町支店として使われているが、建築は大正11年、ルネッサンスの様式を備え、当時としては珍しく、いかにも大原孫三郎の気宇を窺うに足るものと思われる。

薬師寺主計 (やくしじかずえ )1884年-1965年
岡山県総社市に生まれ、大学在学中に倉敷紡績社長の大原孫三郎と出会い、大原美術館の設計など倉敷のまちづくりに多大なる貢献をした。 また、近代建築の巨匠ル・コルビュジエに会った最初の日本人といわれている。

建物外部

建物内部

参考資料
中国銀行説明
倉敷観光地域情報HP


倉敷館
(Kurashikikan, Kurashiki, Okayama)

岡山県倉敷市中央1丁目4−8
国登録有形文化財

撮影日: 2010年8月12日

1917(大正6)年に倉敷町役場として建てられた洋風木造建築。現在は観光案内所として観光ガイドや宿泊施設の紹介を行うほか、無料休憩所として自動販売機やコインロッカー、トイレを備えています。観光の起点や情報収集に便利なスポットです。

参考資料
倉敷市 倉敷観光WEB


岡山県倉敷市本町7-2
倉敷アイビースクエア(旧倉敷紡績工場)
(Kurashiki Ivysquare, Kurashiki, Okayama)

撮影日: 2010年8月12日

1889年(明治22年)に江戸幕府の代官所跡に倉敷紡績工場が建設され、 1973年(昭和48年)に改修されて現在の観光施設になりました。 赤レンガと蔦が印象的な施設内には、ホテル、レストラン、多目的ホール、倉紡記念館、児島虎次郎記念館、オルゴール館等があります。
倉敷アイビースクエアのシンボルでもある赤レンガと蔦は、紡績工場であった当時、 大原孫三郎氏の「自然と調和しながら健康的な労働環境を」という信念の基に植えられていました。 夏は赤レンガに覆い茂り暑さから守り、冬は落葉して赤レンガに外気を当て、 内部の温度調節を蔦が見事に果たしています。

国登録有形文化財 倉紡記念館(旧原綿倉庫)
1969年(昭和44年)にクラボウ創立80周年の記念事業として設立されました。 元々は社員の教育の一環として設立された記念館ですが、1971年(昭和46年)から一般公開されるようになりました。 館内には1888年(明治21年)からのクラボウの歩みと紡績産業の歴史が年代順に紹介されています。 この展示施設には、クラボウの創業当時に建てられた原綿貯蔵用の土蔵倉庫が再利用されています。

国登録有形文化財 児島虎次郎記念館(旧製品倉庫)
倉敷アイビースクエアの一角にある大原美術館の別館。児島虎次郎室では児島虎次郎画伯の作品を、オリエント室では、児島氏が集めた古代エジプト美術と中世イスラム美術、故水野清一京都大学教授の協力で収集した先史イラン美術を見ることができる。建物は明治39年に倉敷紡績が5度目の工場増設を行った時、製品倉庫として建てられたもの。煉瓦造り(一部木造)の平屋建物で、建物入口の擬石洗い出しのアーチなど、往時の姿をよく留めている。

参考資料
倉敷観光地域情報 WEB
近代建築Watch HP hardcandy.exblog.jp



May 2010 撮影/文 瀧山幸伸 HD video



倉敷の街並
Kurashiki townscape

A camera

大橋家付近

美観地区へ

本町通

井上家住宅



東町



代官所跡、アイビースクエア付近へ

美観地区

阿智神社


B camera





大橋家
Ohashike


A camera


B camera






May.2009 撮影/文 野崎順次

井上家住宅 
Inoueke

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General
 
Nature
 
Water    
Flower
 
Culture
 
Facility
 
Food
 

国指定重要文化財 
住所:倉敷市本町1−40
建築年代:江戸時代中期

外部

内部(表屋土間)

説明パネル

路地(ひあい)と蔵(井戸蔵、三階蔵)






楠戸家住宅
Kusudoke

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General
 
Nature
 
Water    
Flower
 
Culture
 
Facility
 
Food
 

May.2009 撮影/文 野崎順次

国登録文化財 倉敷市重要文化財 
住所:   倉敷市東町
建築年代: 明治時代中期

店舗兼住宅の特長

厨子二階建て塗屋造り庇付き切妻本瓦葺き屋根
虫籠窓
倉敷格子(親付き切子格子)
通し梁
通りに面する土間部分の広い出入り口

明治2年創業のはしまや呉服店である。その明治期の伝統的建築様式に惹かれ、バーナード・リーチ、サルトル、ヴォボアール、ロックフェラー三世、柳宗悦、司馬遼太郎、小倉遊亀など多くの文化人が訪れた。

 

はしまや呉服店には七つの蔵があるが、その内の一つを改装して作ったのが「ギャラリーはしまや」である。一階に喫茶店と家具店がある。訪問時には二階でトルコ絨毯展示会が開催されていた。

東町の街並

 


Mar.2008 撮影:高橋明紀代

白壁や古い建物の店の玄関の構え。陰影が美しい

春の雨で、しずけさと落ち着きが増す街並


大橋家住宅 (国重要文化財)


夜もガラス越しに眺められる店々のひな人形



Dec.2003 美観地区 撮影/文 瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD Quality Video FAQ



四百年前は寂しい漁師町だった倉敷。13軒の村から始まり干拓で農地を拡大していったのだが、天領で税が安かったことが幸いし大いに村勢が拡大した。
現在のアイビースクエアの場所に倉敷の代官所ができたのは延享3年(1746)とずっと後のことだが、商人とお代官様との癒着や派閥抗争など不名誉な歴史を持つ。
その後も商人町として発展し、明治以後はクラボウの紡績で栄えることとなる。

今日の倉敷は国際的な観光都市として伝統と文化の資源を大切にしている。
近江八幡と同様「映像になる街並」の倉敷にもフィルムコミッションがあるように、美観地区、倉敷川に沿った大原美術館や観光案内所は地域を代表するランドマークで、歴史の街並に西洋文化が融合された雰囲気を醸し出している。
あるいはアイビースクエア、明治22年に建てられた旧倉敷紡績工場であるが、かつての近代化遺産は廃墟となっていた。
これが観光向け宿泊・展示・工房の複合施設として立ち直ったのは1974年(昭和49年)。産業遺産の有効活用事例としては先駆的だった。
倉敷川に沿った街並も美しいが、それ以前に遡る商人文化の源泉を探ってみるのも面白い。
一歩足を伸ばして、本町、東町、大橋家住宅など、倉敷の街の遺伝子を今に伝える街並を探訪してみよう。



案内図 (倉敷市資料)


【大原美術館付近】

江戸時代中期からの大地主で倉敷レイヨン社長だった大原総一郎が、昭和35年自宅の蔵を改造し、世界的陶芸家の浜田庄司、バーナード・リーチ、富本憲吉、河井寛次郎を呼び寄せたことが倉敷文化の源流となっている。
その後別の蔵で棟方志功が展示されるなど、大原総一郎の功績は偉大だ。
文化を擁護する人は歴史に残る。経済人であるとか、東大で教えていたとかではなく、今日も今後も、文化教養人としての大原総一郎の名は倉敷とともに残っていくであろう。



大原邸 国重要文化財


観光案内所 倉敷館
  大正6年に倉敷町役場として建てられた。


【有料観光ガイドの是非】
オーストラリアから来訪した青年が「ボランティアだと思ったらビジネスなんだ。バッジまで着けているので紛らわしいね。開発途上国の客引きと同様な行為は文化都市として残念」と言っていた。厳しい意見だ。
図書館隣の観光休憩所では無料のガイドサービスが利用できるので、客が公平に選択できるように、有料ガイドも観光休憩所内で営業してもらうのが良いだろう。
有料と無料のサービスとスキル、料金の違いを明確にすれば良い。
路上での営業は、似顔絵や大道芸と同様、賑わいを演出する地区では良いのだが、美観地区のように景観とムードを重視する場所では是非を議論すべきであろう。



【倉敷川に沿った街並】
近江八幡、柳川、佐原などのような船の往来は無いので、少しばかり寂しいのが残念。歩行者専用道路の標識は無粋だ。




【倉敷川沿いから本町へ】 美しいなまこ壁を抜けて行く




【本町の街並】

中国銀行倉敷支店倉敷本町出張所
 第一合同銀行の倉敷支店として大正11年に竣工した。


井上家
 国重要文化財。18世紀初頭の建築。江戸時代には地主で村役人を兼ねていた。主屋は大型で上質な造りで、倉敷を代表する町家。通りに面した表屋(おもてや)、背後の角屋(つのや)からなる居室部、角屋西の座敷部からなる。

電柱と通過交通がなければ個性的な街並が活きるのだが。


虫籠窓、なまこ壁が街並にアクセントを与えている。

東町の街並 通過交通も少なく落ち着いている 


道しるべは今となってはストリートファニチャーとして重要 店の屋根にある玄関灯は、車の往来で破壊され避難した結果。本来は軒下から道に突き出していた。

 

蔵を改造したインテリア用品の店舗






【大橋家住宅】 
  国重要文化財。 塩の商人大橋家は塩田・新田の開発と金融で栄え、備中一の豪商と言われた。最近修復され公開された。

Dec.2003 大橋家 撮影/文 瀧山幸伸 Ohashi house Preview video 500Kbps HD Quality Video FAQ




懐かしい柱時計 


中庭、床の間、障子、欄間、唐紙、窓に気品が満ちている。

召し太鼓





Dec.2004  まとめと提言 瀧山幸伸
 
倉敷は大好きな町だけに、最近の沈滞状況には落胆する。今後の期待をこめて、このように変わって欲しいとの願いを述べてみたい。

【倉敷の現状と問題提起】
  平成16年12月に倉敷市がまとめた観光アクションプラン(pdf形式)によると、倉敷観光の現状は

・観光客は減少傾向(入込み人数1000万人から640万人に)
・観光客の評価は「期待はずれ」
・滞在時間が極めて短い
・消費単価が減少傾向
・観光事業の連帯感が不足
・基礎データが不足
という結果が現れている。

団体周遊型観光に頼ってきたつけが回ったと宣言しているに等しい。ほとんどの観光客は短時間倉敷川沿いに歩くだけ。
大橋家を訪れる観光客はごく少数で、たとえ訪問しても数分で去って行く。このような客をたくさん集めても効果があるのだろうか。
観光事業者と、観光に無関係な市民との間に意識のずれがあるそうだが、観光業に携わっている人が潤えば市の税収も増え、市民全員が恩恵にあずかれる。
「観光で市の経済を発展させる」という明確な方針を市民全員が共有する必要がある。

以下、簡易にアクションプランの検証を行ってみたい。
倉敷の観光行政に資すれば幸いである。検証の方法論として、行政の最上位概念である「理念(施政方針)」から具体的な各論である「戦術」まで順を追って検証する。



【観光客のトレンド】
  全国各地を調査し、地元の方から話を伺って感じることだが、これからの観光は
・短期から長期へ
・団体から個人へ
・単発からリピートへ
・「目」の観光から自己実現体験へ
という潮の流れの変化がある。

倉敷のポジションを他の代表的観光地と比較して図解してみよう。基本路線を変えないと生き残れないことがわかるだろう。



【理念(ポリシー)の確立】

アクションプランには数々の客数増加策が提示されているが、期限と数値目標、そして予算が無い「アクション」プランは「ノーアクション」プランになりはしないか。
倉敷の観光事業者 (ホスト)側の視点で論理展開されているが、お客様(ゲスト)側の視点、例えば、観光客は倉敷に何を求めているのか、の分析が足りない。
アクションプランの端々に「旅行会社とタイアップ」「宣伝」「交通機関とのタイアップ」「観光セールスマン」「送客力ある旅行会社の販売促進に頼る」という言葉が登場するように、旅行代理店主導の団体・歓楽消費型大量集客モデルに執着している。
観光に携わる人々は過去のビジネスモデルから抜け出せていないようだ。
理念の根幹であるアクションプランの題目も「観光都市くらしきの復活を目指して」となっているが、「文化都市くらしきの進化を目指して」がふさわしいのではないか。
「観光」では競合と差別化できないし、市民と訪問客の目指すべき方向(共有価値)も一つにならない。
「芸術文化の街倉敷」、その青写真完成までには100年かかっても良いので、人口に膾炙する、わかりやすい理念を掲 げたい。
今後は保養充電、自己実現型の個人リピーター客がターゲットであり、それらの客はクチコミの広報マンとなりうる。
行動科学的に見てもマス広告、マス集客ではなく、 "Content customer is the best salesman."(満足したお客様のクチコミこそ最大の営業)という格言はブランド戦略として重要だ。
インターネットの社会では、ますますクチコミが重要となるし、客にとっては「何のために倉敷を訪問するのか」が重要である。
倉敷に必要な処方箋は、由布院と同様、団体客を敬遠する「デ・マーケティング」かもしれない。
現在の基盤があれば、個人客に「倉敷で自分を磨く、倉敷で充電する、倉敷で癒されたい」と言われるようになるまで、それほど時間がかからないであろう。

【目標と戦略 データに基づいた数値目標とアクションプラン】

基礎データが不足しているということだが、その気になれば観光客へのアンケートや統計は簡単に取れる。
日本ではあまりなじみが無いが、ハワイなど観光で成り立っている外国のノウハウを学べばよい。
例えば、入込み人数ではなく、延べ滞在人数、平均滞在日数、平均消費単価を指標とするべきだ。
手元に基礎データが無いので、仮定の数字で目標と戦略を議論してみる。実数はデータを取ればおのずと確定するので。

仮説目標: 「10年で観光収入5倍増アクションプラン」 (現状観光収入140億円/年を740億円/年にするために10年で100億円投資する)
・入込み人数 640万人を最盛期の1000万人に
・平均滞在日数 1.1日/人を1.2日/人に(「10人に1人が一泊」から「10人に2人が一泊」に倍増) 現在の宿泊施設は質量ともに潜在需要に応じていない。
・延べ滞在人数 700万人を1200万人に(上記の計算結果)
・グループ:個人比率 7:3を3:7に逆転させる(客の滞在時間、文化度向上等により消費単価増)
・国際観光者 2%を10%に(国内外の知識層、メディアに国際観光拠点としての地位を認識させ、国の観光・文化支援を得やすくする)
・市内での1人1日あたり消費単価2000円を日帰り客は5000円、宿泊客は1.2万円/日に

以上の計算結果として、観光収入140億円が740億円となる仮説が生まれる。
年間740億円の収入が実現できれば、観光を基幹産業に位置づけることに疑問を持たないであろうし、税収増加分を観光関連に拡大再投資するのも理にかなっており、100億円程度の投資は現実的だ。

【戦術 アクションプランに織り込むアイデア】

  しかしながら、それを実現するためにやらなければならないことはたくさんある。市のアクションプランに不足している考え方やアクション項目をアトランダムに列挙する。

・本町や東町を歩行者天国にする

個人客がのんびりと散策したり食事したりする憩いの場所はあまりない。

・本町通りの電柱を撤去する

国内外を問わず、電柱を撤去した街並と比較すれば一目瞭然である。

・街角や軒下に潤い(水と緑と花)や芸術文化の香りを。

文化の町というイメージが先行しているが、観光客ががっかりするのは、本町通りの各建物や街路に芸術文化や緑、花、水を取り込む努力が不足しているからではなかろうか。
例えば新潟の村上で始まった新しい動きは注目に値する。住民が自発的に始めた「町屋の雛飾り、屏風飾り」を展示する月間イベント、これは村上市も観光協会も無視していたが、今や多くの観光客が訪れる「祭り」に成長した。
小諸でも、観光協会と市の観光行政は小諸懐古園の「観光客」に固執しているが、市民有志はこれと決別し、北国街道の歴史的な街並と文化を活かした町おこしのコミュニケーションイベントを始めている。
蕎麦屋の2階で永六輔と寄席を楽しむ、このような文化活動は、文化都市倉敷ではなおさら相乗効果があり、好ましいのではなかろうか。

・鳥のさえずりを復活する

旧い街並みを歩行者専用にして車の騒音と恐怖を排除しても、他の騒音に悩まされる。
全国の調査ビデオから音だけを抜き出して、その街特有の音を分析しているが、残念ながらほとんどの旧い街並を訪ねても大都会のようにカラスの騒音に悩まされ、非常に居心地の悪さを感じる。
しかし、一部の街、例えば奈良の五條では1キロに及ぶ街並を歩く道すがら、小鳥のさえずりが心を和ませてくれる。
おそらくゴミ処理などをきちんと行っているのだろう。倉敷にはぜひ耳に心地よい小鳥のさえずりを復活してほしい。
そうなれば宿泊客も小鳥の声で目覚め、早朝の散歩にも小鳥の声を楽しむことができる。

・町全体を芸術文化の無料テーマパークと位置づけ、一日では回りきれない街を創る。

宿泊の経済効果は大きい。そのために、芸術文化と相乗効果のあるアクションを拡大し、それにマイナスの現象やアクションを解消する。
例えば、チボリ公園は可及的速やかに改造すべき施設だ。倉敷の風土や資源との相乗効果を戦略的に捉え、日本一特色ある、和風文化芸術を結集した無料テーマパーク「智慕里(ちぼり)」に改造する。
参考例として、愛知万博至近の足助には、かつての手仕事を復活して真のものづくりを問いかける「三州足助屋敷」というテーマパークがある。
チボリ公園では少しずつ芸術文化のテーマ施設を増やしていく。そこへの訪問者は、結婚記念日などの夫婦のアニバーサリー客をメインターゲットに据える。
夫婦客、記念日だから、個人宿泊客とリピーターの需要が創出でき、市全体の宿泊誘導と消費単価アップを図る。
カップルが施設来訪のたびに記念寄付を行う「アニバーサリーメモリアルプログラム」を実施する。
例えば、自分たちが寄進した植樹や建築物などが成長したり形を作っていく、その過程を見るのは楽しみなことだし、世代を超えてメモリアルな場所になるので、次世代の来訪にもつながる。

・芸術文化を重視した「ピクチャースポット百選」、「サウンドスポット三十選」を選定進化させる

これは難しい手法ではない。最初はつまらないものでも、徐々に進化を遂げていく。
そうなれば、数年に一回は訪れたくなるのは人情だ。三景、八景、三十景、百景など、今で言えばスタンプラリーだが、芸術文化的な数揃えスポットの訪問人気は歴史が証明している。
現在、「倉敷百景」の写真がホームページに掲載されているが、それがどこなのか、地図もなければ、解説も無ければ、写真のアングル、撮影の日時、露光など、写真趣味の人であれば当然知りたい情報が全くない。
これではピクチャースポットとして趣味人を呼ぶことはできない。

・温泉の宿で宿泊誘導と夜の活性化

古い街には温泉が似合うが、そのような情緒的な理由ではなく、滞在客誘引策として至急温泉掘削を行うべきだ。
温泉は国内外から広く個人の宿泊客を誘引することにも寄与する。
既存の宿泊施設は概して個人保養向けではないので、これを多大な投資で個人向けの充実施設に改変するのではなく、温泉付きのB&B(朝食のみ提供するBed and Breakfast)施設とし、夕食は街中での飲食施設を充実させて対応すべきである。
大型旅館のようなセルフコンテインド型(タコツボ型)施設で、客の行動と消費を館内で完結させるような手法では、夕方の街の賑わいが生まれない。
夜の街歩きが楽しい街を目指すべきだ。また、チボリ公園とアイビースクエア付近には宿泊兼用の温泉テーマパークも必要だ。
古い街での宿泊施設付設型温泉保養施設の参考事例として、民営ではルネス金沢、公営では馬籠のクアリゾート湯船沢が挙げられる。いずれも観光拠点として大成功している。


【ホスピタリティ】

客の質を問うということは、倉敷人のホスピタリティも問われると言うことだ。
アクションプランでもホスピタリティの向上を宣言しているが、今の倉敷市民は本当に個人レベルで訪問者と友達になることまで望んでいるのだろうか。
倉敷の人が現状の団体客と親しくなる機会は限られている。団体客もそれほど親しくなることを望んでいないだろう。
やはり、芸術文化など同じ趣味、同じ価値観を共有する者同士であればこそ、時間をかけて交流できるのではなかろうか。
観光に携わる人ばかりでなく、その町の全員にホスピタリティ精神が浸透していないとうまくいかない。
例えば島根県津和野のおまわりさん。街並と水路と森鴎外で、かつてはアンノン族のメッカとなり、一世を風靡した観光の町だが、興ざめなパトカー警官に遭遇した。
写真撮影のため一瞬停車した観光客に対して、大きなスピーカー音で「そこの車をとめてる人、早くどかしなさい」風の、戦前のような威圧的な言葉を使っているのを見た。
彼らにはホスピタリティなどという概念は無いのであろうか。訪問者にとっての印象は悪くなる。
逆に、よそ者ナンバーの訪問者には親切にしてくれるおまわりさんがいる町は心地良い。
地方行政全体のマネジメントに関わってくる問題である。
違う視点で見れば、登校中の小学生やお年寄りが見知らぬ観光客に「おはようございます」と挨拶するかしないか、それがその街のホスピタリティの指標と実感される人は多いのではなかろうか。
子供が挨拶する街は大人も挨拶する。
今まさに倉敷人の真価が問われている。新潟の村上や山形の金山を参考に、倉敷人の心意気をかけて全員参加の個人ボランティアを実践してみよう。

・ 「ホスピタリティスポット百選」を選定する
「個人客のみ」をおもてなしするために、無料の湯茶と菓子・漬物と床机を備えたホスピタリティスポット(休憩所)を百か所作ってはどうか?
その場所を運営するのは、ボランティアプログラムとして小額の委託謝礼で参加する各商店や民家だから、彼らが持つ伝統的な品物、例えば古い民具、着物、陶磁器、人形などを、町屋の窓際に展示してはどうか。
一服休憩すれば、おいしいお店、訪ねるべきスポット等々、訪問客と住民の会話が生まれる。
このような試みが1年以内に実行できれば、倉敷は日本一ホスピタリティ溢れる町になるのではないか。
そうすれば徐々に個人客が増え、流れが変わる。
もしこれが団体客相手であれば、大声で客に呼びかける店員と我先に走り回るグループ客とが倉敷の雰囲気を台無しにしてしまうのではないだろうか。

【コミュニケーション】

・倉敷の情報集約本(4カ国語)を発刊する 
芸術文化を愛好する訪問客の知的好奇心を刺激する、内容の濃いガイドブックが必要である。
このようなガイドブックは海外では一般的である。国内の旅行ガイドはカラーで美しいが歴史や文化芸術などの中身が薄い。
芸術文化祭、ビエンナーレなど、世界的な文化人、日本の作家等芸術文化関係者に対し執筆論評等を積極的に働きかける。

・情報集約本の内容で総合ウェブを作成する
個人客向けの情報ツールとしてウェブは機能しているだろうか。現状の団体旅行のパンフレットをスキャンしたような情報では足りない。
個性の無い一方的な情報のホームページはホスピタリティからは遠い。
情熱的なメルマガやブログによるライブ感のある双方向メディアも見当たらない。
そのようなツールを使って、倉敷人のパーソナリティを紹介することが必要だ。
例えば、個人が質の高い地域情報を発信している「足助からの便り」などが参考になろう。
没個性的、官僚的な広報手段では芸術文化を志向する顧客の心に響かない。



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