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| 永井荷風の世界 伊勢物語 在原業平 都鳥の由来 | ||
浅草(浅い岸辺に草があったから)、大川(隅田川)にかかる吾嬬橋(都から見た東の方だから)、寺島、向島、京島、柳島、大島、亀沢、亀戸、石原、押上(汐があがる)、鐘淵、曳船、亀沢……浅瀬の海に接した地形で島が浮かび亀が遊んでいた情景が浮かび上がってくる本所向島界隈をスカイツリーを遠景に入れながら、自転車で走って撮影をしました。
桜の名所100選にもなっている墨田公園の奥に牛島神社があります。この牛嶋神社のある場所は、徳川家康が荒川の流れを西に移す前には、荒川と隅田川の間にある中之島ような場所で、牛のような形をしていたので「牛嶋」と呼ばれていたそうです。その牛嶋には、天皇家の牧場、いわゆる官牧(かんまき)、国営の牧場があって牛を放牧し、牛乳を献じていたそうで、本所の太平町、緑町などでも乳牛が飼われて明治の頃の庶民に牛乳を売っていたそうです。
牛島神社の社殿は総檜権現作りの風格のあるもので、本殿前の鳥居は木製の三輪鳥居。三輪鳥居というのは中央の鳥居の左右に小さい鳥居の付いたもので、全国でも非常に珍しい形です。奈良県桜井市にある大神神社(おおみわじんじゃ)にある鳥居が標準となっているそうでみわとりい(三輪鳥居)というそうです。ちょっとおもしろい形です。
牛をなでた後、自転車で向島、京島、八代、押上など古い家を探しながら写真撮影をしました。
東日本大震災のあとの東京都は、東京で火災発生率ワーストワンになっているこの地区の再開発に本腰を入れるようで、人がやっと一人通れるような路地が曲がりくねって続いているこの辺りの、特に古い木造家屋は10年もすると姿を消しているかもしれません。
<落花生問屋>と書かれた朽ち果てそうな看板の上にスカイツリー、コンクリート壁に直書きされた<古銭切手商>の薄れた文字、確かに牛乳屋さんが多い街<保証牛乳>の大きな看板の上にそびえるスカイツリー、3の数字が与えられていない4桁になる前の<3桁局番のままの看板>その奥にそびえるスカイツリー、<6軒長屋>を見下ろすスカイツリー、あちらこちらにスカイツリーを写し入れながら移動しました。
ラストはやはり業平橋界隈。東京は昔は武蔵国(むさしのくに)と呼ばれた中にあり自立式電波塔として世界一になるスカイツリーの高さは634(ムサシ)。東京のスカイツリーだから634……か。でも実際に建っている場所の押上・業平橋界隈は東京が武蔵国と呼ばれていた頃は両国橋をはさんで下総国(しもうさのくに)と呼ばれていた場所なんだよね。まあ、いいっか。今は東京だから。建ちあがってしまったスカイツリーは被写体的にはそれほどおもしろくなくなってしまいましたが、見物人の所作はおもしろいです。プライバシーがあるのでなかなか撮れませんが、ちょうど撮影の日にクレーンが動いていて鉄の塊をあげるところに遭遇しました。見物人たちはホホォーと見ていましたが、完成したスカイツリーですからスカイツリーの上の方までは行かず、隣のビルに資材を運ぶところ。鉄の塊をある程度引き上げたところで、クレーンが横に向きを変えました。観客たちは「あ〜あぁ、上に行け!もっと上だ!」と叫んでいました。(笑)。
スカイツリーにちょこっとだけ残してあるクレーンは隣のビル用だったのですね。建ってしまったスカイツリー。<何かに重ねて撮る>ということを楽しんできました。
牛島神社
Ushijimajinja

京島周辺・キラキラ商店街(再開発地域)
Kyojima

八広、コンニャク稲荷周辺
Konnyakuinari

木神社その周辺
Takagijinja

押上界隈
Oshiage

業平橋界隈
Narihirabashi

場所:東京都墨田区
時:2010年4月3日
338mと東京タワーを越えた建設中のスカイツリーをバックに桜満開の隅田公園です







